退職金を現物支給する際の2つの注意点
最近は中小企業でもM&Aが活発となってきていますね。
M&Aを行うにあたって、その会社が保有する資産・負債を精査していくのですが、譲渡後の事業活動に不要な資産が出てくることがあります。
良くあるのが、節税のために加入してた生命保険や不動産、車などです。
これらは通常、株式譲渡前に解約や売却をしますが、退職金として現物支給するという方法をとることもあります。
今回はこの退職金の現物支給を行う際の注意点についてまとめていきたいと思います。
退職金の現物支給
退職金の現物支給とは、例えば、退職金の支給総額が3,000万円だとした場合に、3,000万円の一部を車両(500万円相当)を渡すことで支給し、その残り(2,500万円)を金銭で支給する方法です。
このようにM&Aの実行時には、不要となった資産を元経営者に退職金として渡す、ということがたまにあります。
このように退職金の一部を現物で支給する場合ですが、その現物支給する資産の価額(上記で言う500万円)がいくらなのか、という点が重要になります。
それを安易に直前の法人の帳簿価額としてしまうと、無駄な税金を支払うことになる可能性もありますので注意が必要です。
そうならないために、現物支給する際に留意すべき2つのポイントについてまとめました。
1.現物給付する資産の時価を算定すること
まず、1つ目は現物支給する資産の時価を算定することです。
これは、退職金の金額を算定するためとなります。まず、受け取る個人側の所得税の取扱いについてですが、退職金の収入金額は以下の通り規定されています。
所得税法第36条(収入金額)
その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
2 前項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。
つまり、現物支給の場合には、その物を取得した時における価額(=時価)が収入金額となります。そのため、単に帳簿価額とした場合には、退職所得が過小又は過大となってしまい、税法上問題となる可能性があります。
続いて、支給する会社側の取扱いについてですが、こちらは具体例で見ていきたいと思います。
- 支給を決議した退職金の額 : 3,000万円
- 現物支給する車両の簿価 : 500万円
- 現物支給する車両の時価 : 1,000万円
この場合に簿価で支給金額を算定した場合、会計上の仕訳は以下のようになります。(源泉税などは説明の都合上省いています)
借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
退職金 | 3,000万円 | 現預金 | 2,500万円 |
車両 | 500万円 |
車両の帳簿価額の500万円が貸方に来て、残りの2,500万円を現金で支給したという形です。
一方で、税務上の仕訳は下記のようになります。
借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
退職金 | 3,500万円 | 現預金 | 2,500万円 |
車両 | 500万円 | ||
車両譲渡益 | 500万円 |
税務上は時価で取引したものと考えられますので、車両は時価である1,000万円で支給したものと考えられます。
帳簿価額は500万円ですので、その差額の500万円は譲渡益として収益として認識されます。その一方で退職金も500万円増加することになりますので、この場合、損益への影響はありません。
損益に影響がなければ、時価を認識する必要はないのでは?
そう思われる方もいるかもしれません。しかし、実際は時価をきちんと認識しないと税務上問題となります。
なぜかと言うと、役員退職金については不相当に高額である場合には損金算入することが出来ないという規定(法人税法第34条第2項)があるためです。
仮に、上記の場合で認められる上限が3,000万円1であると仮定します。
その場合、退職金の3,500万円のうち過大となっている500万円については損金として認められないため、所得が500万円増加することになり、その分、法人税等が増加することとなりますので注意が必要です。
2.株主総会議事録に現物支給する旨の記載をすること
2点目は退職金支給を決議する株主総会において、退職金の一部を現物で支給することを決議し、それを議事録へ記載することです。
これを行わないと、消費税を無駄に納税することとなります。具体例で確認します。
時価550万円の車両を退職金として現物支給するとします。
この場合に、株主総会で現物支給の決議をしたうえで支給すれば問題ないのですが、株主総会で現物支給することを決議しておらず、その後現物支給に変更した場合には、車両を譲渡したものとして消費税の課税取引となります。
つまり車両を税込550万円で譲渡したことになるため、消費税分の50万円を納税することとなります。
この取扱いのポイントは、消費税法上の資産の譲渡等に該当するかどうかです。
消費税法において、課税の対象となる「資産の譲渡等」については、消費税法第2条に規定されています。
消費税法第2条第1項8号(資産の譲渡等の定義)
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。
こちらの条文のカッコ書きで資産の譲渡等には、代物弁済による資産の譲渡を含むとされています。
代物弁済とは、「債権者との間で、債務者の負担した給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる旨の契約」(民法第482条)です。
つまり、一度発生した債務について、その金銭での支払いに変えて、他の資産を渡すことでその債務の履行をすることを言います。
ここで重要なのは「金銭として支払うべき債務が一度発生すること」になります。
退職金を支払うべき債務は、株主総会等の決議によって発生します。そのため、その決議時点で現物支給をするということを決議していない場合には、一度金銭として支払うべき債務が生じます。
その後で現物支給を行った場合には、債務の金銭による支払に変えて他の資産を渡すことになるため、代物弁済という取扱いとなります。
その結果、消費税法上の資産の譲渡等に該当し、課税の対象となる、という考え方です。
これは消費税法基本通達においても触れられています。
消費税法基本通達5-1-4(代物弁済の意義)
法第2条第1項第8号《資産の譲渡等の意義》に規定する「代物弁済による資産の譲渡」とは、債務者が債権者の承諾を得て、約定されていた弁済の手段に代えて他の給付をもって弁済する場合の資産の譲渡をいうのであるから、例えば、いわゆる現物給与とされる現物による給付であっても、その現物の給付が給与の支払に代えて行われるものではなく、単に現物を給付することとする場合のその現物の給付は、代物弁済に該当しないことに留意する。
つまり、退職給与として金銭により支払うべき債務の代わりに現物を給付する場合には代物弁済に該当する訳ですが、当初から現物での給付が決まっていて、それに従って現物を給付した場合には代物弁済に該当しない(=資産の譲渡等に該当しない)ということになります。
そこで大事になってくるのが、退職金の株主総会での決議です。
株主総会の支給決議において、当初から現物で給付することが決まっていれば、代物弁済には該当しないこととなり、消費税の課税の対象とはなりません。
このことを証明するために、現物で給付するという株主総会議事録への記載が必要になってくる、という訳です。
なお、議事録には次の点を記載するようにしてください。
- 退職金(又はその一部)を現物支給する旨
- 現物支給する資産の詳細(車両であれば車名、型式、車体番号など)
- 現物支給する資産の価格
まとめ
今回は退職金を現物で支給する場合の注意点についてまとめました。
- 現物支給する資産の時価を算定すること
- 株主総会において現物支給する旨の決議をし、議事録にもその旨を記載しておくこと
上記に気を付けて、無駄な税金を払わないように事前にしっかりと検討をして頂ければと思います。
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